お嬢様にとっては
春も終わり、夏が迫ってきたアカデミーの放課後。
空に浮いているとはいえ、季節の移ろいは地上と変わらない。
アカデミーの脇に併設された学生寮。
青葉が茂り、夏の雰囲気をかもし出してきた寮の正面広場。
そこには、日直の仕事を終え部屋に戻ろうとする、シャロンの姿があった。
(だんだん、暑くなってきますわね)
これからの夏に若干の不安を覚える。
地上と比べると少し寒いが、その程度で夏の暑さを乗り越えられないことは 去年に思い知らされた。
これも学校の制服に夏服というものがないのも原因なのだが、こればかりはどうしようもない。
それで一番苦労しそうなのは、通気性の悪そうな制服を着ているマラリヤだが、 涼しくなる薬でも開発してくれないだろうか。
いや、でもそれはそれでどんな副作用があるか分かったものではない。
いっそユリの制服を借りて、いやでもヘソだしはみっともないですし。
それとも、自分で制服を改造して夏を快適に過ごせる制服でも考えてみましょうか。
そんなことを本気で悩み始めたとき、 後ろの方から補助ありで一輪車にはじめて乗った少女のような声が聞こえた。
「おっと、うわ、と、と、と。」
後ろを振り向くと、大量のダンボール抱え、腕にいくつ物紙袋をぶら下げたお団子頭が、 今にも倒れそうな足取りでこっちに向かっているのが見えた。
持っているのは普通のダンボールではあるが、大きさや重さなどを全く考えていない 不規則なつみ方をしている。
おまけに、腕の紙袋のせいで旨くバランス調整できていない。
それでも崩れない、いっそ軽業士でも目指した方がいいような絶妙なバランスが見事だ。
「ヤンヤン、大丈夫ですの?」
とはいえ、いつ崩れてもおかしくない状態に、 流石に心配になった私は、そのお団子頭の少女、ヤンヤンに声をかけた。
アカデミーの多い生徒の中でも、大量に荷物を持って寮に帰る人は一人しか思いつかない。
内職で学費を稼ぐ勤労学生はヤンヤンくらいしかいないからだ。
「あ、シャロン、だ、だ、大丈夫アルよ」
こちらに気付いたヤンヤンは、バランスをとりながらも返事をするが、 息も絶え絶えの言葉では説得力は皆無である。
おまけに積み上げているダンボールの高さは、ちょうどヤンヤンの目に届くかどうかという位置だ。
これでは視界も十分に確保できていないようで。
「一番上だけでも、持ちますわ」
「いや、大丈夫・・・アルよ・・・。ここは中国四千年の歴史がモノを・・・うわ!」
崩れそうになったのを踏ん張ってこらえる。
「あ、危なかったアル・・・。」
危機は脱したようだが、なおも危険な状態は継続中である。
本当にいつ崩れてもおかしくはない状況だが、このタコ糸の上をスケート靴で歩くようなきわどさは、 確かに中国四千年の歴史の賜物なのかもしれない。
「ああ、もう、見てるこっちが危なっかしいですわ!いいから、一つ持ちますわよ!」
ヤンヤンが文句をいう前にシャロンは一番上からダンボールを一つ取り上げた。
急に軽くなったのと、視界がよくなったことに驚きながら
「そんないいアルよ!」
と助力を断るが、
「いいえ、これで転んで怪我でもされたらたまりませんわ。それに困ってる人を助けないほど、 わたくしも白状な人間ではありませんの。」
シャロンの二の句も告げさせない言葉にヤンヤンは、何を言おうか迷っていたが、最終的に
「ありがとうアル!」
とお礼に落ち着いた。
「さあ、腕の紙袋もいくつかよこしなさい。」
「ふぅ、一つだけでも結構重いんですのね」
寮の3階にあるヤンヤンの自室で、私は荷物を下ろした。
実は重いのは一番上のだけで、他は大して重くなかったとか、そういうことではないかと勘繰ってしまいましたが、 それを持ったのは自分自身自身なので何も言わないでおきましょう。
「ホント、助かったアル。ありがとうアル!」
まあ、ヤンヤンがそんなことを考えるとも思えないし、笑顔で言われては文句の一つも言えない。
「別にお礼はいいんですけど、今回はどんな内職ですの?」
「ふふん、開ければわかるアルよ♪」
ヤンヤンがガムテープをはがしたのを見て、私もそれに習う。
開けて出てきたのは紙だった。
難しい文字が書かれた細長い紙、それが大量にダンボールに詰まっていた。
開ければわかるといっていたが、これを材料にするようなものを私は知らなかった。
「これはね、遥か東の国のおまもりの一種アル。」
「おまもり・・・ですの?」
「そうアル。この袋に紙を入れて、願いをかけてお守りにするアル。」
「へぇ、面白いんですのね。」
布製の袋、それには植物を表す模様。
中心には、ロマノフ先生の授業で習った文字がが書かれている。
こういう願いの賭け方もあるのかと納得する。
「家内安全ですか・・・」
ちょうど手に持っていた漢字を読み上げる。
確か、家族や家の安全を祈願して、という内容だったはずである。
「これ考えた人、よっぽど奥さんが恐かったアルね。」
「・・・は?」
「家内、つまり奥さんがこわいから、それから自分のみを守るために祈願するアルね。」
「あの・・・違・・・」
ロマノフ先生からおしおきされたくないのなら、その認識改めた方がいいですわよ?
「と、これはまた別の日の内職アル。今回はこれアル。」
私のツッコミをとことん無視し、 奥のほうにあるダンボールから部品と思われるものを取り出す。
それを手馴れた様子で一つの完成品にしていくのはさすがといったところか。
「ほら、ここをこうして完成アル。」
「なるほど、今回は結構簡単ですのね。」
以前、ヤンヤンがしていた内職は、彼女以外の人間にすべての工程を遂げることはできなかった。
有り得ない高度な技術と寸分の違いも許されない緻密さを必要とする作業。
すべてを仕事を終えたヤンヤンの状態を一言で表すなら、
「真っ白に燃え尽きた」
の言葉に尽きる。
それをあわせても、締め切り自体にも間に合うかどうか状態だった、 前回の仕事に比べれば、今回はかなり楽なほうである。
「あの親父、人が手先器用だからって、無理難題押し付けてくるアル。何とかして欲しいアル。」
「そういうことをわたくしに言っても困りますわ。直談判するしかないん・・・」
と、ここまで言って、
「彼女になるべく勉学の負担にならない、割のいい仕事を優先して紹介するように してください」
言ったのは自分だったと思い出す。
「どうしたアル?」
「いえ、なんでもありませんわ・・・」
「?」
「おほほほほ」
そうするように言ったのが自分とはいえ、少しやりすぎな気がしないわけでもないので
「まあ、とりあえず、わたくしからも言ってみますわ」
と、とりあえず、お茶を濁しておいたほうがいいようである。
「でも、シャロンが紹介してくれたとこ、今までのとこより待遇はいいアルよ。 ありがとナ。」
「礼には及びませんと前にも言いましたわ。それに、転入1ヶ月でやめるなんて、勿体無いですわよ。」
ヤンヤンに今の斡旋所を紹介したのシャロンである。
例の事件の後、今まで雇われていた斡旋所がつぶれ、ヤンヤンは働き口がなくなってしまった。
そこでシャロンが一肌脱いだのである。
父の傘下にあり、ある程度シャロン個人と親しい人が経営している 内職斡旋所をヤンヤンに紹介してもらうようにミランダ先生に頼んだのである
自分が紹介したことを内緒にするようにしてもらうはずがあっさりばれてしまった。
まあ、そのことのおかげで、今のような関係になってるわけであるのですが。
(それににしても、始めてあったときを考えると、すごい成長ですわね)
最初は、あいさつしたらそっぽ向かれたことを思い出す。
お金持ちだから、という理由で。
まあ、彼女の生まれを考えると嫌われても仕方ない、と思った。
私にとってはその仕草がスタンダードだったのだ。
それ以外の振る舞いなどできはしない。
自分は令嬢である、ということを昔から体に叩き込まれた、教育の結果がこれである。
幼い頃から英才教育を受け、自分が一流の人間だという意識を埋め込まれていた。
自分はお嬢様という生き方を勝手に運命付けられた。
私はそのとき、その運命に抗いもせず、受け入れていた。
父に反抗してアカデミーに入っておきながら、都合のいいところだけは捨てられないでいた。
だから、彼女のこの言葉は的を得ている。
「ぬくぬく育ったお嬢様に、私の苦労なんか分からないアルよ!」
おかいこぐるみな生活を続けてきた私に、働く苦労なんてわからない。
でも、苦労をわかってあげる必要なんかない。
苦労が少しでもやわらげられるように助けてあげればいい。
少なくとも、私はこの学校に入るのに猛勉強をした。
父親に反抗して願書を送ったアカデミー、家庭教師などつけてくれるはずもない。
だから、必死に独学で勉強した。
血反吐を吐く思いとは、こういうことなのかと思うくらい、机に向かった。
誰も助けてなどくれなかった。
父が家の使用人全員に手助けすることを禁じたのだ。
もちろん違反したら、即解雇。
苦労を共に分け合う仲間も、助けてくれる味方もいない。
でも、負けたくはなかった。
孤独と、父の重圧に。
そして勝利した。
だれも一緒に喜んでくれないのは当然だったし、覚悟していたはずだった。
わたしはアカデミーからの合格通知を見て、一人部屋で喜んだ。
ひとしきり喜んだあと、ベットの上に突っ伏して泣いたことを覚えている。
広い広い自分の部屋で、一人小躍りしながら喜んでいる自分。
その姿を部屋の鏡で見たら、急にむなしくなって、悲しくなって。
共に苦労を分かち合ってくれる仲間のいないことへの。
寂しさへの涙が溢れてきていた。
結局、私は孤独に勝てなかった。
もう、孤独は嫌だ。
孤独な人を見るのも嫌だ。
そして、孤独な人を作るのも嫌だ。
だからこう思った。
私は助けてもらえなかったけど、他人が困っていたら手を差し伸べてあげたい。
そのとき心に誓った。
だから、困っているヤンヤンを見て、助けずにいられなかったのだ。
孤独になってしまっていたヤンヤンを放っておけなかった。
そのせいで彼女からさらに嫌われても。
助けずに入られなかった。
「それじゃあ、わたくしは部屋に戻りますわ。明日までの宿題もありますし」
「え・・・」
鮮やかな手さばきで内職をこなしていたヤンヤンの手が、 電源コードを抜いた掃除機のように止まった
「・・・宿題って何アルか・・・?」
青ざめた顔で、ネジが切れる寸前のぜんまいおもちゃのようだった。
「えっと、3日まえにロマノフ先生が出した宿題ですけど・・・。締切りは明日の授業までですわよ?」
「そんなの・・・あった・・・アルか・・・?」
テスト範囲が伸びていたのをテスト開始5分前に知った学生のごとく、できればうそであって欲しいと 最後の望みをかけて恐る恐る聞いてくる。
でも、現実は厳しいですのよ、と遠慮することなく私は首を縦に振った。
「こ・・・こんなことしてる場合じゃないアル。宿題の方が先アルよ!!」
あわてて作業立ちと化していた机を、勉強できるようにセッティングする。
実際は適当に机から落としただけだけど、教科書とノートを広げる余裕は出来ていた。
「ていうか、範囲はどこからどこアルか?」
「えっと、問題集の・・・ここから・・・」
一気にページを飛ばして、
「ここですわね」
聞いた途端、ヤンヤンは空を仰いだ。
まあ、徹夜しても終わるかどうかの範囲を指定されれば、誰だってそうなるだろう。
「シャロン、お願いがあるアルよ」
「また、私に頼るんですの?」
「シャロンしか頼れないアルよ。」
「クララに頼めばいいんじゃないですの?おそらく完全に終わらせてあると思いますわよ?」
「クララはなんか頼みづらいアルよ」
それは納得である。
彼女の場合、お人好しすぎて何か頼むことを憚られる。
「ルキアとユリは多分出来てないでしょうし、マラリヤは・・・ヤンヤンの体力次第ですわね」
「一体何されるアルか?!」
マラリヤに頼むとその数倍の重責がじぶんに課せられるのは間違いない。
「わかりましたわ・・・私も自分の所をやりながらですから」
「そこらへんはしょうがないアルよ。頼んでる身、贅沢は言えないネ」
「じゃ、早速始めますわよ」
「ホントありがとアル!」
そうして、二人の勉強会が始まった。
宿題が間にあったかどうか、それはまた別のお話である。
−申し開き(あとがき)−
シャロンとヤンヤンって設定上、仲が悪そうですが、
個人的には仲が悪く無いと思うんですよね。むしろ仲良し(断言
なんだかんだで気が合いそうですし、内職に興味持ったシャロンが、 ヤンヤンを手伝ったりしてそうだし。
お昼休みとか一緒に昼食食べてそうw
まあ、これはその私の妄想を具現化したモノとして見て下さい。
時間があれば長編の予定ですが、シャロンとヤンヤンの出会いも書いてみます。
頭の中にはあるのですが、文章にするとどうも弱い気がして。
次回作は・・・いつになるのでしょうか(汗
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